やはり、小説が好きだということを確認した。
やはり、私にはこれなのだと確認した。
これから、人生の節目(らしきもの)に小説を書いてゆこうと思った。
もちろん、昔と違っていきなりそれに没頭することはない。
その点で私は少しばかり成長したのだろう。
この先に待ち構える節目に備えて、時間の調整やらタスクのマネージメントをしようとするあたり、なかなか成長したと思う。
まぁ、それがきちんとできる保障はないのだが。
私は常に、より広い世界へと挑戦し続けるべきなのか、それとも深く掘り下げていくべきなのかに迷っている。
だが、それは本質的には大差ないのだ。
だから本当の意味では、この小説を書くという行為はサイコロを振る程度の意味しかない。
コンパスではありえない。
たんなる自分に対する「理由」を作る程度の意味合いだ。
だが、まぁこうして生きていくのも悪くはないかもしれないと思っている。
ここが限界なのか、もっと遠いところに行けるのか。
それを問い続けることは無意味ではないはずだ。
たとえ、過去に自分が出した結論が覆ることになろうとも。
Date : 2007.11.30 Fri
02:25
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はて、昨夜呑んだジャック・ジンジャーが悪いのか。
おととい呑んだ泡盛のお湯割りが悪いのか。
そんなことを考えていたら、かぜをひいていた。
視界も、頭の中も、体の感覚もぼんやりとしている。
これはこれで心地よいのだが、私の頭の中にある、現実は時計だとかメールだとかの姿をとって私を刺してくる。
いつまでも、こんな宙に浮かんだような感覚で生きていければよいのだが、と思いつつ、そのあほらしさも分かっている。
ぼんやりと生きていくことは悪くない。
だが、そこに何かしらの「芯」が無ければ、ただの脳みその無い「モノ」に成ってしまうに違いない。
そのとおりだが、それでもやはり普段の生活から逃げたいと思ってしまうときはあるのだ。
この足取りの危なさに任せて、人様に迷惑をかけてしまおうかと思うことも多い。
思うだけで済んでいるのは、きっとそうした人たちの笑顔が頭から離れないからだろう。
誰の笑顔も思い出せなくなったなら、そして朝日を美しいと思わなくなったら、それはもはや私に価値がないということなのだろう。
だとしたら、今のぼんやりとした日々も、ぐだぐだと続く私自身も、そして辛い日々も、感謝のうちに受け入れるべきなのだろう。
Date : 2007.10.24 Wed
15:50
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東京都現代美術館で岡本太郎の明日への神話が展示されていた。
今後の展示予定は知らないが、しかし私はあの作品と出会えた事を感謝している。
何に感謝しているのか、そうきかれても困るが、おそらくは運命のようなものだろう。
さて、なぜ世界に神話があるのだろうか。
人なくして神話も無かったに違いないと私は思っている。
なぜなら、人以外の存在は”おそらく”神を物語化する必要がないだろう、と考えるからだ。
それが必要なのは人だけだ。
そうして、我々はやはり神話を求めていく。
自分たちで空想した道を、自分たちでたどっていく。
しかしならが、その道を半ばに来たころから気づいてしまうのである。
何かがおかしいのではないか、と。
個人の意思の集合体である集団は、時としてそれ自体の意思を持つらしい。
たとえ善人であっても、100人集まれば暴徒になりかねない。
一人では臆病でも100人ならば。。。
そうして、個人個人は神話を目指してあるいているつもりなのに、いつの間にか全体はまったく違う方向へ向かってしまうということなのかもしれない。
この、不完全な世界にさよならを。
そう思ってしまう人も多いはずだ。
全ての人が平和を願っても、平和は訪れない。
そんな世界に生まれてしまって、しかし神話に向かう人々の群れの中で、一人だけはむかうほどの力も持たない。
そんな人が多い世の中。
ただ、絶望する必要なないのだろう。
答えは簡単。
朝日を見ればよい。
明日が曇っていたら、その次の日の朝日を見ればよい。
朝日を見て、月をみて、本当の星空を見て、
そして、どうしても死にたければそうすればよい。
だが、まずは朝日を見てみることだ。
そうすれば、明日への神話を見ることができるのだから。
Date : 2007.10.09 Tue
00:56
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ずいぶん前の話だが、友人がこういった。
「Youtubeの前で何時間も時間をつぶすなんて、非生産的だよね」
そうではない。そうではないのだと思う。
というより、そこまで生産的なものが良いものなのだろうか。
いや、むしろ我々というものは、常に非生産的な事柄の中で生きているのかもしれない。
Youtubeで、Gungraveという大好きな作家のアニメを見ていた。
そして、その中の男たちは非生産的だった。
どこで間違えてしまったのか。
それを自問自答する男たちが、不器用な男たちが、
それ以外の生き方を知らない男たちが、死んでいく。
そういう作品だ。
私は、こうした作品に出会えたことを誇りに思っている。
さて、ではこうした作品たちは生産的なのだろうか。
それとも非生産的なのだろうか。
たとえばものを食べるときのように、
たとえば月の光を浴びるために散歩するように、
たとえばYoutubeですばらしいアニメをみるように、
どうやら、私という人間はよほど生産的ではないらしい。
Date : 2007.10.09 Tue
00:48
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思うわけです、暇なのか?と
これ以外にもBLOGを持っていて、そちらはmixi用なんですが、
記事の更新の度に身に来るのは・・・・・・暇人なのか、たんなるネット廃人なのか。
いや、もしかしたらラブなのかも☆
とか思いつつ、やっぱ暇なんだろーなーと思ってしまうわけです。
Date : 2007.07.23 Mon
03:07
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