―AΛΩ― Well's Will'd
"Biggest Blunder"の居場所をソコに。

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外部化の果てにあるものは
考えてみれば、人間の進歩とは体機能の外部化であるとも言える。

もっとも分かりやすいのは服だろう。
人間は自身の皮膚や毛髪の機能を手袋や洋服にすることで、本来は活動出来ない気温の場所でも体自体を変化させずに活動することが出来る。
例えば、白熊が白い毛を持つのは、太陽光を可能な限り地肌で吸収して体温を維持するためだが、逆を言えばその毛皮が通用するのは北極圏だけになってしまった(元々それが目的なのかもしれないが)。

爪の外部化は石や木、金属、骨であったし、足の機能を外部化したのが靴であろう。
これらは外部化の中でもかなり単純なもので、基本的には人間の体が中心だ。
だが、ある一定以上の環境の変化には衣服をはじめとする単純な外部化では対処できなくなってくる。

結果、人間は気温の変化に対応するためにエアコンや移動式の密閉空間を作り出した。同様に爪の機能を外部化した延長線上にはレーザーや高圧ジェットによる切断などを位置づけることが出来るだろう。

こうして人はその機能を外部化し続け、現在もっとも顕著なのは携帯電話やパソコンなどの機器だ。
そして、当初は特定の場所でしか使えなかったインターネットは無線LANの登場によってその可能性を広げている。



機能の外部化とは、実はノウハウやスキルの外部化でもある。
ライターやマッチで火が起こせるようになってしまうと、人は木をこすり合わせて種火を起こす方法を忘れてしまった。身近な例で言えば、固定電話しかなかったときには知り合いなどの電話番号は覚えて居たのに、携帯電話にメモリーが出来るとそれすら忘れてしまう、ということだ。

これらは必然的に発生するデメリットだが、問題はこうした外部化を続けた結果、外部化した機能にアクセスできなくなった時に起こるのではないのだろうか。

例えば無線LANが都市全体に張り巡らされ、いつでもどこでも利用できる端末を皆が持っていたとしよう。災害が起こったとき、テロが起きたとき、人々は普段外部化していた能力を使用できなくなり、しかもその時に必要とされるスキルも持っていないのでパニックに陥るに違いない。

そうした事態にそなえて、公共サービスというのは常にバックアップ(ちなみに英語では自動詞としては後ろに下がるという意味であり、いわゆるバックアップは他動詞の意味である)を考えているのだが、それはつまり究極的に「外部化したものにアクセス出来ない」という状況が発生した際のリスクを限りなく上げているように思われる。

ではどうしろというのか、といわれるととても困る。
何しろ、私自身もこうして自分の思考をネット上に「外部化」しているのだから。
記事の中で他の記事を引用する際にも、リンクだけ張るという行為はまさに外部化だし、そういう意味では「ネットワーク」の本質的な部分は、自己完結をせずに外部化の連鎖を行い続けることなのだろう。

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Date : 2008.08.20 Wed 13:25  壱毎| コメント(-)|トラックバック(-)
 

  

 

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